書かずにはいられない読書感想

文学と哲学が多いかも

遠藤周作「沈黙」読書感想:哲学的魅力なし。映画化されたのに

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この終わり方はないでしょって思いました。

正直。

アマゾンの評価はめっちゃ高いですし、ノーベル賞候補にもなったくらい有名な著者だし、最近映画化したんで読んでみたんですけど、私には向いてなかったみたいです・・・。

 

司祭が主人公なんですけど、村人たちは一生懸命、司祭の教えを信じて踏み絵を拒み続けた挙句、ムシロにくるまれて海に放り投げて殺されたり、海の杭にハリツケにされたりします。
それなのに最後は、ネタバレになっちゃうんですけど、捕まった司祭が「もし、キリストがここにいられたら・・・たしかにキリストは、彼らのために転んだだろう。・・・愛のために。自分のすべてを犠牲にしても」とか言って、自分だけは踏み絵をして生き延びるんです。

 

なんの説得力もなかったです。
この本を読むよりも、アウグスティヌスの告白を1ページ読んでたほうがいいと思いました。

 

それにラストシーンだけじゃなくて、全体的に面白いセリフがなかったです。
言ってることって結局、「こんなに私は苦しみを耐えてるのに、なぜ神は現われないんだ、今こそ現れるときだろう」というのを、言い方を変えながら延々と反復してるだけで、その言葉の言い換えの豊かさはすごいんですけど、哲学的な示唆は一切なかったです。

 

テーマとして打ち出してるのは、「弱い者のほうが強い者より苦しんでることもある」ということだと思うんですけど、物語を読む限り自己弁護に聞こえてしまいました。

 

せっかくなので最後に、キュンときたところを引用して終わります。

基督は美しいものや善いもののために死んだのではない。美しいものや善いもののために死ぬことはやさしいのだが、みじめなものや腐敗したものたちのために死ぬのはむつかしいと私はその時はっきりわかりました。

司祭は昔から孤独な瞬間、基督の顔を想像する癖があった。だが捕えられてから――特にあの雑木林の葉ずれの音が聞える夜の牢舎ではもっと別の欲望からあの人の顔をまぶたの裏に焼きつけてきた。その顔は今もこの闇のなかですぐ彼の間近にあり、黙ってはいるが、優しみをこめた眼差しで自分を見つめている。(お前が苦しんでいる時)まるでその顔はそう言っているようだった。(私もそばで苦しんでいる。最後までお前のそばに私はいる。

『帰ってきたヒトラー』ヒトラーの迫力にウルウルしてしまった件

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内容は、ヒトラーがタイプスリップして現在に来るという設定で、彼の話してる内容は戦時中の演説と何ら変わりないんだけど、それが場面場面で奇跡的にシンクロして、しかも自分の言ったことを不断の意志で実現していこうとする姿勢が周囲を喚起して、しまいにはテレビのコメディアンとして世論をあおり始めるという筋です。

とにかく、ヒトラーの言葉に迫力があって、人間の様子が違います。周囲の人はその様子のぎょっとしたり、愕然としたりして、反発するにしても支持するにしても、莫大に巻き込まれていくんです。

 

あなたも私もともに知っている。スターバックなる人物がすべてのコーヒーをひとりで同時に淹れることはできない。では、だれがやっているのか? われわれにはわからない。わかっているのはただ、スターバック氏がしているのではない、ということだけだ。ことはコーヒーだけにとどまらない。たとえばクリーニングもそうだ。クリーニング屋に服を持っていくとき、それをだれが洗濯するのか、あなたにわかるのか? <クリーニングのイルマッツ>と看板にあったら、イルマッツ本人が洗濯をしているのか? 否。わかるだろうか、これこそが今、ドイツが変革を必要としている根拠だ。変革が、革命が、必要なのだ。責任をとることのできる強い人物こそが、今のドイツには必要なのだ。決断を下し、国民の生命と生活とその他もろもろについて責任をとることのできる、指導力ある人間が必要なのだ。なぜならば、もしロシアを攻撃せんとすれば、さっきのだれかのように『ああ、それはみんなで、どうにかして決めたことです」などとは言っていられないからだ。『これからモスクワを包囲するかどうか、みんなで決めたいと思います。賛成の人は手をあげて!』というのは、たしかにすばらしく気持ちのいいやり方だ。しかし、それで失敗したときには? そうなったら、みんなで共同責任をとるのか? いや、より正しく言うならこうだ。責任があるのは国民自身だ。なぜなら、国民がわれわれを選んだのだから。ドイツ国民がわれわれを選んだのだから。ドイツ国民はあらためて知らねばならない。ロシアの件を決断したのは、陸軍総司令官のブラウヒッチュ元帥でも電撃作戦の生みの親グデーリアン大将でもゲーリングでもない。それは、私だ。それから高速道路。あれを決断したのは、どこかの道化役者ではない、この私、総統なのだ! 今、われわれはドイツ全土において、決断と責任を明確にしなくてはならない!

 こんな感じで、アウトバーンや電撃作戦のことと、スタバックスのことが地続きになってシンクロしてます。

 

私が一番好きなシーンは、タイムスリップの理由が、ヒトラー自身に自覚されるシーンです。

なぜ私は、このような目にあっているのだろうか。一国に命を捧げた人間が、奇妙な形で、時代から見捨てられ、ののしられ、笑われ、同志たちとも切り離されている。そのような苦難の降りかかる人物は、世界中でもっともふさわしい人物にちがいない。それはまさに私である。そうだ、これは運命だった。まだ私に闘えと、神が命じているのだ。ドイツ民族のために。

うる覚えだけど、こんな感じで面白おかしく、それでいて誇り高く、運命と和解します。

 

「私はただ意志して実行する。そしてその責任をとる、それだけだ」

という厳格な姿勢に周囲が感化されて、人が動いていく様子がよく描かれています。

しかもそれが自分のためではなくて、ドイツ民族のためであるという気持ちを、どんな苦難の中でも離さないので、私はちょっとウルッときちゃいました。。

コマッタ(・ω・; ゞ

 

 

 

ふじぽんさんが、こんな風におっしゃってます。

しかし、ネオナチのような極右勢力には警戒感を示す人が多いのに、「ヒトラーそのものの主張をテレビでする男」は「ネタ」として消化してしまう、というのは、実際にありそうな話ですよね。

そうそうそう!って思いました。

性格の特定の部分だけをところてんみたいに押し出していくと、性格の輪郭を捉えやすくなるから、固定観念として受け止めやすくなるという仕組みが働いていると思います。ここでは、生まれ変わったヒトラーが、極端に強調された国粋主義者として、輪郭を捉えやすいので、受け入れられてるんだなって。

 

一昨日、映画で公開されたみたいなので、オススメです(*・∀・)ノ.☆.。.:*・°

 

 

『憲法への招待』 憲法の「感覚」みたいなのがわかる

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Q&A形式になっているので、わかりやすかったです。

 

「人権規定に比べて義務の規定が少ないのはなぜか?」

聖徳太子の17条憲法憲法か?」

という憲法とは何かという根本的な問題から、
「外国人にはなぜ参政権がないのか?」
という具体的な問題まで、視線が行き届いています。

 

今は憲法9条の改正の議論が起きているので、基本的な憲法の「感覚」みたいなものが掴めていないと、議論の内容も的外れなもので終わってしまうかもしれませんね。

 

とくに大学の共用科目で法律を勉強した人たちは、憲法について物申してる人達をニュースで見ると「あれ?」って思うことがあるみたいです。
私もそう感じたことあります。

 

憲法について議論には、憲法以外にも、法哲学や政治思想、国際政治学、日本文化論などの幅広い分野に目配せが利いていないと、素人だなとバカにされそうで怖いんですが、少なくとも憲法論に関しては、この1冊で、だいぶん法学徒の法的バランス感覚が身につけられると思います。

 

大学の法学部に入ったら、憲法学の権威の芦部さんという人の、分厚い憲法の教科書を買わないといけないんです。

量が多すぎて嫌になる人が続出してたので、「とりあえず、この本から読んだらいいよ」って、生協の本屋さんで紹介されてました。

法的なバランス感覚が得られるので、オススメです。